自分が躓いたポイントを…って訳で、下書きは年末に書いたのだけど、
年末年始、家族と過ごす時間が多くて頓挫させているうちに
またちょっと、こんな記事要らないんじゃ?とか変に考えていた。


私のブログを読む人は、私と同じように魂の系譜自体が光領域の人なんじゃないかと思う。
もしくは、長年、光偏りで自分を縛ってきた人。

気づかないうちに、正しさに拘っちゃう、いい人でいなきゃいけない気がしちゃう、
優越感や劣等感に振り回されちゃう…って感じの。
そしてきっと私と同じようなところで躓くのだろうと思う。

ルシ系とかシヴァ系とかスサノオ系みたいな闇系の人は
逆に、ずっとこの世界に窮屈さを感じてきて、正しくなくてもいい、いい人じゃなくてもいい
優劣なんてないってのは、結構すんなり入るんじゃないんだろうか?

もちろん私のようなミカエル系だって、この世界に窮屈さを感じてきたんだけど、
それ以上に感じてきたのだろうなぁと私は推測している。

そして、そういう方から見たら、私みたいなのがどうしてそんなに
正しい人、いい人、優れた人でいなきゃって、悪足掻きするのか不思議に思うのだろう。
いや、その様は気持ち悪くもあるだろう。
だから、私のブログは読まないんじゃないかと思ってる(^-^;


私は本当に公開の記事を書きたいのか?
誰かのためじゃなく、自分のために?


もう一度考えて、やっぱり書いておきたいなぁと思った。
ただの自己満足として。
私はやっぱり、光領域系譜の人や、光偏りから降下してきた人に
諦めずに一緒に帰還を目指して欲しいから。


なので、温めすぎた(?)下書きを手直しして…



*  *  *



「ああしなきゃダメだ、こうしちゃダメだ、って思うこと自体が『縛り』だよね?
そうやって縛ることで3次元を体験できたわけだけど、もうそんな風に縛らなくていいんだ。
そのまま縛っていたら帰還できないのだよ。」

自分が躓いたところを思い返していたらメタトロンに言われた言葉。


そうやって縛ってる状態は、そのまま3次元に自分を縛りつけている状態だろう。
これまでの体験は、ちゃんと3次元に降り立って、その時の感情を感じ切らなきゃいけない。

でも、ややこしいけど、いつまでもそのまま3次元エネルギーに縛られてちゃダメなんだね。
だけど焦って雑にやってたんじゃ、すべてを内包出来ない。
ひとつひとつ丁寧に見て行かないと…。


私はヘミシンクをちょっとやっていたのだけど、
自分の体験を内包していく作業ってヘミシンクで言うところのレトリーバルと似ている。
レトリーバルって、心残りがあったり、自分が亡くなっていることに気付かなかったりして、
いわゆる成仏できずに彷徨っている魂をあの世へと導くこと。
retrieve (回収する、取り戻す、救出する)作業。

私はヘミシンクのセミナーとか受けたこと無いから、自己流でやってたけど、
亡くなった方の魂そのものの時もあれば
意識の一部だけ、残留思念のようなもののときもあると感じている。


自分の体験を内包していく作業も、
過去に心残りになっている部分をひとつひとつ回収していくような感じだ。
いや、心残りっていう表現は語弊があるなぁ…。
 
だけど、その時の感情に蓋をしてちゃんと感じていないというのは、
そこに『心』の一部を『残して』きてしまっている状態だと思う。
未練のような意味での心残りではないけど、字面的にはあってるかなwww
なんか大げさに聞こえるけど、些細な出来事の中に、本当の自分の気持ちが残されている。
それをすべて回収するのだ。 


例えば私は、中学生の頃に仲のよい女友達が宿題をやって来なくて、
私がやって来たのを写させてって言われて断ったことがあった。
それは、そんなのズルい!って思いからだったのに、
自分でやらなきゃ身にならないでしょ!みたいな言い訳をした。

なのに、後日ちょっと好きだった男子S君に言われたときは写させてあげた。
その時すごく、友達に写させてあげなかった時のことを後悔した。

どうして後悔したのか、どうしてS君には写させてあげたのか、
その時の気持ちをえぐり出してみると、色んな思いが潜んでいたとわかる。


友達に写させてあげなかったのは、ズルい!って思っただけじゃなく、
自分がやって来なかったんだから、困ればいいじゃん!自業自得!みたいな冷たい気持ちがあった。
人が困るのを見たいっていう意地悪い気持ちもあった。

その友達に対して対抗意識を持っていたってのもわかった。
自分の方がちょっとでも優位に立てるみたいな卑しい気持ちがあった。

これが大して仲良くないクラスの女子とかだったら、逆に写させてあげたのだと思う。
それも、好感度を上げたいっていう卑しい気持ちだ。
それに仲良くない人にこそ、強く言えないっていう気の弱さもあった。

S君に写させてあげたのも、好感度を上げたいからだ。
いや、それ以上に策略っぽいことでもあった。恩を売っておきたいみたいな気持ち。
 
当時、私はずっと憧れていたK君(私とは別系統のミカエル系だったって気づいた人)
の事が大好きだったのに、そうやって、小学校の頃からちょっと好きだったS君にもよく思われたい、
もしS君からアプローチされたら、K君の事は諦めて付き合ってもいい!
みたいな下心があったのだ。
因みに今思うと、S君はルシファー系な感じだったwww 

そしてS君に写させてあげてから、友達に写させてあげなかったことを後悔したのは、
自分は優しくなくて悪い子だっていう罪悪感だけじゃなくて、
なんかバツが悪いし、カッコ悪い、
ズルいって思ったから写させなかったってバレバレだっただろう、
友達に、男に媚びるいやらしい女だと思われたんじゃないか、
そんなの恥ずかしい、屈辱的!って思ったからだ。
 
ついで言うと、更に奥深くには、
写させてあげた方が、逆に優位に立てただろうっていう気持ちもあっての後悔だった。


でね、そういうことに行きつくと、結構、芋づる式に色んな出来事を思い出すんだよね。
S君のことだけじゃなく、中学生の頃だけじゃなく、
自分がいかに、そういうメスメスした部分、
男を惹きつけたい、他の女の子より優位に立ちたい、
みたいな部分を持っていたかっていう出来事を。

そんな感じで、ほんとにちょっとした出来事にも意識を向けてみたら、
当時は見たくなかった気づきたくなかった、色んな醜い気持ちとかが浮き出してくる。


そういう時に、つい、あんな酷いこと考えちゃダメだった…って結論付けたくなるのが、
光領域系譜の人だと思うんだけど、そんなのもジャッジだ。
そんな風にジャッジするってのは3次元エネルギーだよね。


幼い頃から、この世界のルールを示され続けて、
ルールに合わない部分は矯正されて、
私たちは、すっかりルールに従うことや、
誰かが何かを示してくれることに慣れ切ってしまっているんじゃないだろうか?
そうやってルールに支配され、自分の行動をコントロールされ…。

だけどそんな風に、まるで自分が被害者であるかのように考えるのはおかしい。
嫌だったら、ルールに従わず、誰かが示してくれることなど気にせずに
自分のしたい事を出来たはずだ。
この世界は自分自身が創っているのだから。

でもそこで、縛られて制限されることを体験しに来たのだよね。
だから、ここで体験した、感じた事をすべて回収して内包していったら、
自分がこの世界を創っているってことを自覚して、
もうそんなルールやお手本に従うことをやめたらいい。


だけど私の場合、回収作業中でもまだまだルールに縛られ、お手本を必要とし…。
ついね、回収の仕方、お手本通りに出来ているかな?これで合ってるかな?って考えてた。
ちょっとでも、なんか違ったかも…なんて気づくと、
ああしなきゃダメだった、こうしちゃダメだったって反省…みたいになっちゃってた。
それを思い出していたら、メタトロンに言われたのが冒頭の言葉だった。

そんなのは3次元周波数に戻り続けてるってことなんだね。
もちろん3次元で縛られた状態での感情をしっかり感じて回収しなきゃならないけど、
その周波数のままに、あれはダメだった、これはダメだったって縛っていたら、いつまでも内包出来ない。
その作業のやり方がお手本通り正しいか?なんて考えることも同じだ。


私の感覚で言うと、過去の色んな感情をもう一度感じてみるのは、
しっかりと3次元周波数で感じないと俯瞰になっちゃうけど、
それを感じ切ったら、もう3次元のルールで縛るのをやめて自分を解放する感じだ。

それが、あんな酷いこと思っちゃダメだった…って矯正しようとせずに、そのまま受容すること。
そうやって受け入れることが、内包するってことだ。
矯正しようとすること自体が、3次元周波数だもの。 


だから、その作業自体も、やり方合ってる?ダメだった?とか考えなくていいんだよね。
うまくいかなくても、何度も何度もやるうちにわかってくると思うから。
そんな風に考え始めちゃうと、ほんとあっという間に3次元周波数に戻っちゃう。

効率悪いように感じるかも知れないけど、
そういう意味でも、同じ過去に何度も向き合うのがいいのだと思う。

そうやって同じことに向き合っていると、
前に向き合った時には気づかなかった深い感情に気づいたり、
うすうす気づいていたことをちゃんと認められるようになったりする。

さっき私が書いた宿題のことも、最初に向き合った時は
自分の浅ましさを認められなかった。

何度も向き合うとそうやって、前の向き合いの時には、
また正しさに拘って考え方を矯正しようとしてたとか、
被害者的な部分しか感じられていなかった、みたいなことにも気づいて、
自分がどんな事から逃げようとしていたかがわかると思う。


正しさに拘る点で他にもつまづきポイントがあったのだけど、
長くなりそうだからまた別の記事で。